01

やばいやばいやばいやばい。
殺される犯される食われる!

…食われる…!!


あいつが白ひげの一員だったなんて…
服着てタトゥー隠してたなんて…
手配書なんてこんな小さな島に流れ着いてくることもないから顔見てもわからなかった…!

「ちょ、待て!!!」

地の利はこっちにある。
この林をくぐって洞窟さえ抜ければこっちのもん。
早く…早くこの一本道を逃げなくては…!!

「怒ってねェよ!!」

…じゃあなんで追っかけてくるんだ!
その言葉をキュッと喉の奥にしまいこむ。
この洞窟さえ抜ければ…

「きゃああああ!!!」




まさかぬかるみがあったなんて。





01.ただ抱きしめたくなった、それだけ





「なんで逃げんだよ…」

ぬかるみに足をとられた私は、転んだ後彼に覆いかぶさられた。
ちょっといい感じの男女だったらドキドキのシーンなのだろうけど、現状は別の意味でドキドキだ。

「別に怒っちゃいねェって言ったじゃねェか」

はァはァ。
息を抑える。
彼の言葉が右から左へ流れていく。
会話に集中できない程走ったのに彼はなぜ息が乱れてないのだろうか。

「…っだって…追いかけるから…」
「追いかけるからって、そんな逃げるか…?」

彼の眼がまんまるになった。
そう、これは30分ほど前の話…



『バカにしやがって!!!』

お客さんに水をついでいた時、後ろから父の怒鳴る声が聞こえた。
滅多にカウンター先の厨房から出てこない父がこっち側にいるということは客を怒っている時だ。
まずいと言われたり、ミディアムで頼んでおきながら火が通ってないと言われたり、理由は様々だが、だいたいはこちらが謝らなくてはいけないのに、父はそれが分かっていない。
今日も私が謝らなくては…と思って振り返ると、お客さんがご飯をまくらに寝ていた。

『ど、どうされましたか!?』

私は慌ててそのお客さんに駆け寄る。
だって、これ絶対病気が何かでしょ!

はだまって接客してこい!』
『きゃっ…!は、はい』

また出た。
父の悪いクセ。
怒った時は怒鳴ったり殴ったりする。
これ以上被害が拡大する方がよくないかも…と、私はそのお客さんが心配になりながらも作業に戻る。
はずだった。

『寝てんじゃねェよ!!!』

父がお客さんのイスを無理やり引き、そして蹴りあげた。

『お父さん…!』

父が最近だんだん正気じゃなくなっていることには気づいていた。
母が亡くなってから酒を飲み、暴力をあげることも多々あった。

『やめてお父さん…!』
『こいつ、食いながら寝おった!!俺の飯を食いながら…!!』
『病気でしょう!?なんでそんな人に…きゃああ!』
『病気じゃねェ!ただ寝てただけだこいつ!!』

何度も何度も父に殴られたこともあった。
でもこんな人前で殴られたことはなかった。
人前でだけは優しい父だったのに。
大好きな父だったのに。

『い…ってェな、おい』

むくり。
倒れこんでいた大きな身体が動いた。
父に吹っ飛ばされたテンガロンハットを取り、彼はにっこりほほ笑む。

『殴ったのはおめェか』

私の中の勘がヤバイと感じた。
最悪、お父さんが殺されるとも思ったくらい。
瞬間、私は彼にどついてしまっていた。

『おわっ…!?』

全身で体重をかけてタックルしたのに、彼はビックリするだけでぐらつくこともなく私を睨んだ。

『あ…お、お父さん、最近おかしいんです…あの…殺さないで…くだ、さい…』

タックルしといて命乞い。
彼の目に私はどう映っているのか。

『ねェ、あれって手配書の…』
『たしかうん万ベリーもする…』
『あぁ、白ひげの…?』
『うん万どこじゃないよ、火拳のエースっていったら』
『うん億でしょう…?』

こそこそこそこそ。
店の端っこに固まった他の客。
血の気が去る。
まさにそれ。
ガクガクと震える腕は彼の腰にからまったまま放すことさえもできない。

『おまえ、勝手なことをするな!!!』
『きゃああああああああ』

父がまた怒鳴った。
しかし叫んだのは私じゃない。
傍観しているお客さんが事の重大さに叫んだのだ。
その声が合図だったかのように私は彼から離れた。

『おとー…』

這いつくばって客の方に寄ると椅子を振りかざしている父が目に入った。
やっぱり正気じゃない。
幸いなことは父の振りかざした椅子をテンガロンハットの彼が受け止めている事。
怪我はしていないようだ。

『てめ、父親だろ!正気に戻れ!子供にこんなもんぶつけよーとするな!!』
『…?』
、おまえが邪魔なんだ!何もかも…母さんが死んじまったのもお前のせいだ!!』
『…え?』

もしかして椅子を振りかざしたのは私にぶつけるため?
もう、おかしいよ。

気づいたら走りだしていた。







「別に蹴られたことにゃ怒ってねェよ…ただお前が心配で…」
「…っ!…っ…」
「ほら、思った通り泣いてるじゃねェか」






ただ抱きしめたくなった、それだけ
(このあざは、きっと…)