なんだか、何もしたくない気分。
ただ、それだけ。
「おい、、何してるんだよ、まったくもう」
ハルタ隊長に文句を言われても。
「ちゃん!ご飯食べないと死ぬぞぉー!」
サッチ隊長がご飯を持って来てくれても。
「、早く出てこいよい」
マルコ隊長に心配されても。
「副隊長!!!」
「出てきてください!」
「ご飯食べてないじゃないですか!」
2番隊隊員全員で来られても、何もしたくないんだもん。
ご飯も食べたくないし、髪もとかしたくないし、寝たくもないし、本当は起きていたくもない。
涙は何故か枯れなくて、スパイの大役が失敗したとか、そんなのはどうでもいいことだと気づいてしまった。
ベッドの上に体育座りをして、この部屋に似合わず、ちょこんと一人ぼっち。
目を閉じて考えれば、両親のこととかボスのこととか、今回の仕事のこととか。
それよりも先に浮かんでくる彼の顔を思い出す度に涙がちょろりと流れ落ちてくる。
また、加えて一層悲しくさせるのが、こんなに部屋に来客があるというのに、彼が来てくれないということ。
仮にも同じ隊の隊長が。
同じ隊の副隊長の見舞いにさえ来ない。
同情とか、後ろめたさとか、義務的にでもなんでもいいから来てほしいのに、それでも来ない彼を待ち続けているなんておかしな話。
スパイ失格とか、これからまた違う道があるとか、もう本当にどうでもいい。
どうでもよくないけど、いまだけはどうでもいいんだ。
「、俺が悪かったよい」
今夜の食事はマルコが持って来てくれたようだ。
私はベッドの上からドアを見つめた。
そろそろ食べないとなんかいけない気もする。
あれから今日で4日目か。
「どうぞ」
「あぁ、じゃあココに飯を置いてくよい…って、入ってもいいのかよい」
いいよ、と返事をする前に扉を開いたマルコと目が合った。
細い目をまんまるに開けたマルコと。
取り乱している彼がちょっぴりおかしく感じる。
「…」
「久しぶり」
そんなマルコに手を挙げて挨拶をする。
しかし、どういう顔をすれば普通なのかもわからなくて、苦笑いをしてしまった。
本当はちゃんと笑いたかったのだが、どうしても笑えなかった。
「…すまない…」
「え?」
「俺があんなことを言っちまったばっかりに」
「あぁ、エース隊長から聞いた?」
「いや…あいつもなかなか部屋から出てこなくてよい、飯の時にしか会わないんだよい」
私がした怪訝な顔に気付いてマルコは付け加えた。
「あいつ、なんか隠してるんだと思うよい」
「…」
「俺にも、親父にも話せないことがあるのかねぇ…」
どきり。
マルコ隊長にも、親父にも、エース隊長にも話せないこと。
私はそれを持っている。
はこの動悸がマルコに気付かれそうな気がして、苦し紛れにスプーンですくった黄色いスープをひとくち流し込んだ。
甘い味が口の中に広がった。
コーンの甘みに誘われて、なんだかあの日のカシスの味を思い出してしまった。
マルコに悩み相談をしたあの日に。
また頭の中で、何が悪かったんだろう、と自問自答が始まる。
そんな悩み顔のに気付いたのかマルコが頭を優しく撫でた。
「腹、減ってんだろ?早く食っちまいな」
「…あ、うん」
結局、私はマルコが持って来てくれたご飯の半分以上を残してしまった。
久しぶりに食べたせいか、それ以上身体が受け付けなかったのだ。
相当、やられてるな、と惨めに感じてしまう。
「辛いかもしれねェけど、エースだって、俺だって、の笑顔を見れないの、辛いんだよい。早く食堂に顔出せるようになれよい」
「ん…」
みんなに迷惑かけてるな。
どうしたら全てが成功するんだろう。
ぼーっとしているうちにマルコが出て行ってしまった。
私に気を使ったのだろう。
ハルタ隊長にも、サッチ隊長にも、マルコ体調にも、2番隊隊員にも…
そしてTにも迷惑をかけている。
Tは15年以上前から海軍に身を潜めてるスパイだ。
彼はボスの右腕と言われているくらい、さまざまな人を死に追いやったり、情報を入手するスピードに長けている。
実際、私なんかが手を組む相手ではない。
そんな彼にも、いま私は迷惑をかけている。
そしてボスにも。
私はいま何をすればいいのかわからなくなってしまった。
思考回路が鈍っているからだ、とは翌日からちゃんと食堂に向かった。
「、入るよい」
「どーぞ」
その2日後、マルコが再びの部屋に訪れた。
もうご飯を食べれるようになったし、副隊長としての仕事も再開したし、そろそろスパイの今後の対策を練ろうと考えていた矢先のことだった。
「、まだエースが飯の時以外自室にこもってるんだよい」
は眉を上げた。
寧ろ彼の名前はしばらく出してほしくなかったからだ。
仮にもは彼に振られた身なのだ。
「言いたくないんだけど、きっとエースは感じてるんだよい」
「?」
はより一層しかめっ面になった。
マルコがこんなにも言葉を濁すなんて初めてのことだったから。
いつもならスパスパと悪気もなく物事を言ってのけるのに。
隣にどすんと座ったマルコはそのまま口を開いた。
「は、どこか自分を隠してるというか、腹割ってくれてる気がしない時があるんだよい。エースも感じやすい奴だ。ちゃんと好きって気持ちが…、腹割ってさ、全てをさらけ出していい相手なんだっていう気持ちが足りなかったのかもしれないよい」
は愕然とした。
マルコ隊長とエース隊長は、たとえ『何を』か分からなくとも、が彼らに『何か』を隠しているということがバレていたのだ。
初めて気付かれてしまった事実には驚きを隠せなかった。
「まぁ、勘だけどねい」
マルコ隊長は立ち上ると、また明日な、と一言だけ付け加えて出て行ってしまった。
はそれを見届けると、ベッドに横になった。
エースはきっと私の存在のことを知ってしまったに違いない。
あんなに優しくて、強くて、太陽のような人が自室にこもるなんてありえない。
アリエナイ。
は自分の顔から血の気が引いて行くのを感じた。
素直に両親のもとへ戻って生活してればよかった?
ううん、それはダメ。
私と家族の恩人のボスのために何かしないと気が済まなかったのだから。
ボスの指示を待って、ここじゃない自分に見合った仕事先へ行けばよかった?
ううん、それもダメ。
だって彼と…、そう、それじゃ彼と会えなかった。
そしたら彼に、エース隊長に殺されるのが本望かもしれない…
両親が悲しんでも、ボスの人出が1人減っても…。
そこまでしてでも彼と離れたくないなんて考えてしまうのは初めてだった。
家族よりボスが大事。
ボスより白ひげの家族が大事。
その家族より彼が大事。
いつの間にかの中の方程式が変わっていたことに気付いた。
愛するって奥が深くて、それでいてなんだか漠然としてて、壊れやすいものなのかもしれない。
は決心した。
大切に棚の奥にしまっていた超小型でんでん虫を取り出す。
それを胸に当てる。
ボス、ごめんなさい。
お父さん、お母さん。
ありがとう。
そしてそのままは歩きだした。
03.愛を見つめるコアラ
(すきって気持ち、あったかい…。)