は甲板への道のりを走った。
今日は宴も行われてない。
それにもう遅い時間なので、夜番の隊しか外にいないはず。

途中、人に会ったらぶつかってしまうな、と思いながらもは走らずにはいられなかった。









甲板に着き、手摺りに手をあてて呼吸を整える。
視線はまっすぐと暗い海の地平線。
反対の手はいまだに胸の前にあてがわれており、その中にはTと繋がるでんでん虫。

これで、繋がりはなくなる…。

少し躊躇いはある。
実は両親の住んでいる島の名前はボスしかしらない。
そのボスとの連絡も途絶えるとなると、私は両親も、そして兄をも手放すことになる。
それでもいいと思えた。
殺されても構わないし、何よりもできるかぎりの間エース隊長を守っていきたいと思った。

は意を決してその手を振りかざした。







「なに、捨てようとしてんだよ」
「!?エース隊長…?」

の上げられた手は、振りかざしたその場所で止められた。
自分の手を掴んだ人間は、後ろを向かなくても誰だかわかる。
は心臓を握りつぶされた思いだった。

「なに…してんだよ…」

初めて聞く彼の弱気な声色と共に握られた手がふと軽くなった拍子、でんでん虫を床に落としてしまった。
しかし、いまはそれどころじゃない。
心臓が張り裂けそうになる中、はゆっくりと振り返る。
彼に久しぶりに会う嬉しさより、見られたくなかったと後悔の方が大きかった。

「な、んで…」
「これ、捨てる前に俺に話があるだろ」

床に転がったままの小さなでんでん虫。
それをエースが拾い上げた。
そして有無を言わさない目でを直視した。

「…はい」

震えた声。
泣きたくない。
は勝手に溢れそうになる涙を必死にガマンするあまり、唇を噛んだ。
じわりと広がる血の味に、今の状況が夢ではないことを悟った。

「俺の部屋に来い」
「…はい」

はそのままエースに手を引かれて彼の部屋へと向かった。









は一体、誰なんだ…?」

最初に口を開いたのはエースだった。
見ると彼はとてつもなく悲しそうな顔をしている。
そんな顔しないで、いつもみたいに、太陽みたいに笑ってよ。
胸が締め付けられる思いで彼を見る。
彼のこんな悲しい顔は見たくない。
それに、嘘をつきたくない。
嘘でしか成り立っていなかったのに…、全てをさらけ出すなんて考えたこともなかったのに。

は本当のことを語ろうと決心した。


「私は、」
「…」






「す、パイです…」

頭が割れるかと思うほど痛かった。
もうまともにエースの顔を見れない。
いや、見てはいけないような気がした。

「そうか…」




「生まれは小さな島で、とてもとてもお金に飢えていたことを覚えています…。
私が生まれたころから疫病が流行ってて、父がその病気にかかり、生活のために兄は出稼ぎに行ってました…
島の名前も覚えてない程小さな時から…私も家の為に出稼ぎを始めました。
その時出会ったのがスパイのボスで、それからずっとスパイで稼いだお金を仕送りしてました。」





エースは黙ったままの話を聞いていた。

は両親のことをあまり覚えていないこと。
病気が治って元気にしていること。
手紙でその知らせを聞いていることなどを事細かに話した。




「そして一番だったボスより、隊長のことが大切になってしまったんです…。
好きで、好きで仕方なくて…。
隊長と肩が触れただけで嬉しくなっちゃうくらい…私も普通の女の子になれるんだ、って驚きました…。」



「このまま、でんでん虫を捨てて、Tとの繋がりもなくなって、ボスとの繋がりもなくなって。
みんなが私を家族として見てくれてるこの船に乗っていられたらいいな、って思って…」








は涙があふれ出ていることに気づいていた。
頭の中ではもう決心していたのに、気持ちが追いつけない。
それでも最後の言葉は自ら発言しないといけないと思った。






「隊長…殺して下さい」









その瞬間、下を向いていたエースが顔を上げた。
その顔からは何も読み取れない程、彼は冷静だった。





「…ばかやろ…」
「たいちょ…!」






ふわっとした。
とても曖昧な表現だけど、そんな気持ちだった。
抱きしめられてると気づいたのは何秒か遅れてからだった。






「大事な部下を殺せるかよ・・・!!」






はその一言を聞いて大泣きした。
彼はなんて大きな人だろうと寛大さを感じ、あったかくて、本当に太陽みたいな人だと改めて思った。







「ただ、親父には報告する。それがルールだ。
あと…マルコも気づいてただろ。2人には報告するぞ」
「は、はい」

彼は泣いている間、ずっと背中をさすっていてくれた。
とまどいと嬉しさで、より涙が溢れ出てしまった。
それでも彼はずっと撫でていてくれて、彼を好きになってよかったと心から思った。

「あ、あとこれ、」
「あ…」

泣きやんだあと、ふと差しだされたでんでん虫。
よーく見ると、その小型のでんでん虫はの大好きな色で彩られていて、ボスのちょっとした優しさを感じてしまった。
そんなボスを裏切るんだ、と考えるとそのでんでん虫を触ることさえもできない。

「弱虫。この4文字が私には似合ってる」
「ん?」
「それ、隊長が燃やしてくれませんか?」

彼はでんでん虫を見下ろし、少し考えると躊躇いもなく燃やし始めた。

ボス、さよなら。

涙が出そうになるのを必死に堪えていると、彼が反対の手で私の頭を撫でた。

「弱虫でいいんじゃねェ?そんなを守っていくのが俺の仕事だ」

ニカっと笑う彼の顔。
くしゃっと笑う彼の顔。



私はまた涙を流してしまった。














04.ウサギは武器を捨てた
(気持ちにもう嘘はつかない…!)





next back