『もう、他の男についてくんじゃねェぞ。』
あの日、赤髪が来た日、私がエースに言われた言葉。
何度思いだしても顔がにやけてしまう。
たとえそれが妹に対する愛情だとわかっていても。
「んで、ノックの音だけで会話するの。1ノックがイエスで2ノックがノーって意味なのね。」
ある日のこと。
それはもうじき夏島に着くという蒸し暑い日の夜だった。
サッチ、ビスタ、ハルタ、イゾウ、そしての5人はハルタの部屋に集まり、怪談話をして盛り上がっていた。
「この村の人ですか?って聞いたら外にいるやつは2回ノックして、遭難したんですか?って聞いたらノックが1回返って来たの。」
はハルタの声を聞きながら頭の中で想像した。
ノックをしてくるヤツはこの村の人ではなく、遭難者なのである、と。
だがしかし想像すればするほど怖い。
自分が古い家に住んでいて、ノックをしてくるヤツと会話をするところなんて安易に想像できた。
こ、怖すぎる。
だがはできれば平然を装いたかった。
しかしハルタがいつにもなく低い声で淡々と話していくもんだから、それに伴って顔は知らず知らずのうちに引きつってしまって、そしてついにはイゾウの腕につかまってしまった。
「おかしいと思った家の人は、最後にあなたは人間ですか?って聞いたの。」
ごくり。
しんと静まり返った部屋にの息を飲む音だけが響いた。
「そしたら…ドンドンドンドン!!!!!!!!」
「きゃああああああ!!!!」
「ぶわぁっはっはっは!!!」
ハルタのオチには大きな悲鳴をあげた。
心なしか目にはうっすらと涙を浮かべている。
そんなを見て、みんなは大笑い。
ハルタには怖かった?とニヤニヤしながら聞かれたが、これ以上バカにされたくなくては頬を膨らますだけにとどめた。
「姫はかわいいなあー」
やっぱりバカにされてしまった。
なるべく平然を装ってはいたものの、怖い話はどうしても怖い。
はサッチに頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「ちょ、サッチぐしゃぐしゃー」
「いいじゃねェか、よくエースもぐしゃぐしゃにしてんだろ」
た、たしかに。
でもなんかエースと違うんだよなあー。
手の大きさ、体温、かたち、撫で方、強さ…
何がどう違うのかよくわからないけど、なんか違う。
「よーし、じゃァ姫も驚いでくれたし、部屋に戻るかー」
笑いすぎて涙を浮かべている彼ら。
そんな中、一息ついたイゾウが立ち上った。
あぁ、とそれに賛同したビスタも立ち上る。
取り残されまいとの頭からサッチも手を放し、ハルタはバイバーイと手を振った。
まてまてまてまて、あんなに怖い話をしておいて自室へ帰れというのか。
は正直一人になりたくなかった。
だがしかし。
「姫、もしかして怖くて自分の部屋に帰れないの?」
ニヤニヤしながらハルタにこんなことを言われたら嫌でも帰りたくないとは言えなくなって、つい「こわくない!」とムキになって言ってしまった。
素直に怖いって言えばよかったかな。
ムキになってこわくないと言いきり、おやすみと扉を閉めてダッシュでベッドにダイブした訳だが、どうしたことか眠れない。
もう深夜1時を過ぎている。
夜の海は真っ暗で、自室に小さな窓が特別についているけれど明かりなんてこれっぽっちも入ってこない。
真っ暗闇の部屋でとどまることを知らない恐怖の妄想は膨らんでいくばかり。
「トイレ、行きたいんだけどなあ」
ぼそっとつぶやいた声は静まった闇にすぐかき消された。
それがまた恐怖をかりたてる。
眠れない、トイレ行きたい、暑い、怖い。
最悪な4拍子だ。
でもそんなことを延々と考えても眠れるわけでもないし、ましてや尿意が止まるわけでもない。
それに涼しくもならないし恐怖も消えない。
ならばまずはトイレにでも行こうかね。
はベッドからそっと足を出した。
ランタンに火をつけ、その灯ったあかりをたよりにトイレへ向かう。
普段は特に何も思わないけど今日はトイレが遠いことをものすごく恨んだ。
「夜のトイレはホント怖いなあ…」
足早にトイレへ入った。
別に漏れそうだったわけではない。
今まであった恐怖心がより一層強くなっただけの話だ。
は一瞬にしてトイレから出ると暗闇の廊下を一人トボトボと戻った。
「誰か、起きてないかなー」
トイレから出たことで多少余裕になったはエースの部屋の前で止まった。
「エース、起きてないかな…」
普段からねぼすけなエースが夜中に起きてるはずもないのは重々承知の上。
だけどほんの少しの期待を寄せて彼の部屋の隙間を覗く。
「…これって灯り…?」
エースの部屋から少し灯りが漏れていた。
「え、エース、起きてる?」
は少しだけ勇気を出してノックをした。
姫、怖がる。
(お、どうした?)
(エーーーースううう!!!)